顧客に軸足を置いたマーケティング戦略を立案する際、「顧客価値(Customer Value)」「コスト(Cost)」「利便性(Convenience)」「コミュニケーション(Communication)」の4Cが、新商品・新サービス展開時や、既存路線の見直し時には、これまでは重要視され、活用されて来ました。
しかしながら、30年不況と新型コロナウイルス禍下での行動制限という未曽有の事態に直面し、4C等の戦略で獲得してきた顧客の囲い込みの成否が問われるようになりました。人口が減少していくことが予測されるこれからの時代、さらに顧客維持の成否が企業の持続可能性を左右すると提唱されるようになりました。 WEB等を活用したマーケティングサービスを重視し、いままで以上に顧客に寄り添うマーケティング展開を行うことこそが、企業や店舗、団体活動の継続・成長には欠かせないことが明らかになってきています。 このような状況下で近年、最も注目を浴びているのが、リテンションマーケティングという視点です。リテンションマーケティングは、顧客とともに成長していく“顧客伴走”時代のマーケティング戦略として脚光を浴びはじめています。
リテンションマーケティングのretentionには、保持・維持という意味があります。顧客に寄り添うことが重視される中で、何を保持・維持するのかといえば、既存の顧客を保ち続けるためのマーケティングを行うことになります。
ビジネスの世界では、売上の8割を優良な全2割の顧客が生み出している法則があり、これをパレートの法則と呼んでいます。この優良な2割にあたるのが、新型コロナ禍下でも一途に、商品やサービスを支持してくれた既存の顧客になります。この2割と伴走するマーケティングこそが、リテンションマーケティングとなります。
リテンションマーケティングというカタカナに接すると、何か特別なことのように感じるかもしれませんが、リテンションの精神は100年、200年を超える長寿企業が世界一多いわが国には、古くから息づいています。
例えば美濃吉は1716年創業の京料理の老舗ですが、顧客側の視点に立つことを突き詰めた結果が、ロイヤルカスタマーを大切するというマーケティング戦術であり、その究極が「一見さんお断り」です。顧客は特別な付加価値サービスが受けられることで満足するだけでなく、ご贔屓さん筋として、代を超えて共に育っていくことにもなります。その結果が、わが国に長寿企業が多い理由といえるでしょう。リテンションマーケティングは、温故知新の顧客データを活用したWEBマーケティングであり、優良顧客を保持・維持するだけでなく、企業存続を維持するマーケティングにもなり得るのです。
中小企業庁編『2021年版 小規模企業白書』には、2023年版にはない「消費者の意識変化と小規模事業者の底力」というパートがあり、その中に「顧客のつながり」を調べた三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)による調査データ(「小規模事業者の環境変化への対応に関する調査」)が掲載されています。
この調査にある小規模事業者の顧客の内訳を見ると、B to C型(n=3,972)の73.7%ではリピート客が多く、新規客が多い事業者は4.0%に留まっています。B to B型(n=2,167)では78.8%の小規模事業者でリピート客が多く、新規客メインの事業者はわずか2.6%となっています。
また顧客属性別の営業戦略を示した調査では、“リピート客の中でも優先順位をつけている”という事業者がB to C型では10.5%、B to B型では20.5%存在しています。“リピート客を一様に重視”している事業者はB to C型では41.5%、B to B型では40.7%存在しています。
市井の街角にあるスナックや町中華が長続きしているのは、常連さんや紹介客など B to Cに注力しているためで、こういった小規模事業者のリピート客へのリテンションの精神を中規模以上の企業でも軽視することはできません。 調査データのうえでも、全体の8割の利益を生み出す2割の優良顧客に対するリテンションマーケティングの重要性が理解いただけるのではないでしょうか?
顧客数が伸び悩んだとき、やってはいけない施策とは、新規顧客獲得に注力するあまり、既存顧客の価値を低めてしまう一過的な戦術です。具体的には、既存顧客が不利になる割引や、“いま買うと○○、いま契約すると○○”などのキャンペーンを頻発するような戦術です。リテンションマーケティングに主軸を置くことで、利益の2割の新規顧客獲得に翻弄されるのではなく、利益の8割を産み出す可能性が高い優良顧客と伴走することができるようになり、売上の基盤が骨太になります。
ではなぜリテンションマーケティングに注目が集まるのでしょうか? やはり、新型コロナウイルス禍下での体験が大きいと思われます。『月刊販促会議』2020年12月号に掲載されたエムズコミュニケイト・岡田祐子氏執筆の『逆境の小売を支える「常連客」のつくり方』という記事では、コロナ禍下、優良顧客の貢献度を調査した同社のデータによると、優良顧客に助けられた企業は半数の50%に上ると記されています。
モノ離れが進む中、既存顧客を離反させず囲い込み、保持するリテンションマーケティングは、企業の基盤を安定させるための戦略として、いまや不可欠といえるでしょう。
ユーザー、会員、お客様……呼び方はいろいろですが、あらゆるビジネスは顧客で成り立っています。そのため、ほとんどのビジネスで、顧客離れは由々しき問題となります。 そこで重要となるのは、顧客維持率(カスタマー・リテンションレート=CRR)です。既存顧客が一定期間中に、どの程度取引を継続してくれているかを知ることができる指標です。顧客維持率が高ければ、顧客満足度は高く、今後も売り上げが伸びる可能性があります。マーケティングの現場だけでなく、教育や組織などでは定着率を維持するための指標として使われることがあります。計算式は次の通りです。
➤顧客維持率(%)={(期間終了時の総顧客数-期間中に増えた新規顧客数)÷ 期間開始の既存顧客数}× 100
どうして顧客離れ対策が重要かといえば、顧客離脱が5%減る(=顧客維持率が5%増加)だけで、利益が最低でも25%改善されるからです(5:25の法則)。 顧客離れを起こす前に、顧客が製品やサービス等と出会い、そこから購入や契約へと至るまでの道程(カスタマージャーニー)を掴み、リテンション対策を行うことは、いったん離れてしまった顧客に再アプローチするよりも、手間も労力もかからない方法であるといえます。口座の解約やユーザーアカウントを削除される前に、リテンションマーケティングに有効な分析ツールを用い、リテンション対策を行うことが重要となります。
新規顧客にアプローチをかける場合、販売するコストは既存顧客へのコストの5倍かかります(1:5の法則)。リテンション対策を施し、既存顧客の離脱を抑止することが、大切であることは、このマーケティング法則からもうかがえます。問題は、離脱の原因やタイミングを見極めていくことです。
トラブル等の対応により決別的に離脱をする顧客以外にも、フェードアウトしていくかのように企業・店舗・団体等との距離を置きはじめる相対的な離脱顧客が存在します。そういう顧客のカスタマージャーニーを分析することは重要です。問い合わせの際や商品・サービス購入のタイミングなどに、顧客満足度をキャッチし分析することで、リテンション施策のタイミングを捕らえることができるようになります。アプローチには、MAやCRM、ABMツールを活用するのが効果的です。ツールについては、のちほど別の機会で紹介していくことにします。
既存顧客へのアプローチがいかに大事であるか、ご理解いただけたと思います。ところで、リテンションマーケティングにより、どのような効果が得られるのでしょうか? 優良顧客に軸足を置くことにより、新規顧客に比べ、安定的な売り上げを産み出せるというメリットが大きいでしょう。また、顧客のデータを掴むことにより、顧客をセグメントすることが可能となり、これにより個別的アプローチを施しやすくなります。不特定な対象に幅広いアプローチを行ってきたこれまでの対応に比べ、One to Oneのニーズを的確に捕らえることができるため、顧客満足感が得られやすく、顧客離れを防ぐことができるのです。
リテンションマーケティングにおいて、既存顧客との関係性を強固にするための指標として注目を集めているのが、Life Time Value(LTV)です。日本語では「顧客生涯価値」といいます。1人(B to Bの場合は1企業・1店舗・1団体)の顧客が商品やサービスなどを利用開始してから終わるまでの期間にもたらす利益が、どれだけかを表す指標となります。計算式は下記のようになります。
➤LTV(顧客生涯価値)=平均顧客単価×収益率×顧客の年間購入頻度×継続年数
リピート利用してもらえれば、顧客単価や収益率が高くなるので、LVTは向上します。さらに事業全体を把握するため、新規顧客創出のコストと既存顧客のコストを加味した計算式もあります。
➤LTV=平均顧客単価×収益率×顧客の年間購入頻度×継続年数-(新規顧客獲得コスト+既存顧客維持コスト)
この場合、LTVの値がプラスであれば事業は順調と判断できます。マイナスであれば、見直しが迫られていることになります。
LTVを高めていくには、平均顧客単価、収益率、購入頻度、継続年数、新規顧客コスト、既存顧客コストといった各要素を改善していく必要があります。リテンションマーケティングでは、各要素のどの部分を改善するかにより、アプローチする方法を選択していくことになります。MA、CRM、ABMツール等の導入により、これらのアプローチが比較的容易になることでしょう。
企業・店舗の売上に大きく貢献してくれるのが、優良顧客の存在です。頻繁に商品やサービスを購入あるいは利用する方や、一定の頻度でより多く購入・利用いただける方が、優良顧客にあたります。
継続的に購入あるいは利用いただいている優良顧客といえども、何かのきっかけで競合他社に乗り換える可能性は十分にあり得ます。優良顧客だからと安心するのではなく、 育成及び維持する対策は行う必要があるのです。
優良顧客が強固に育った場合、ロイヤルカスタマーとして、企業・店舗・団体の売上に貢献してくれることになるかもしれません。なぜならば、ロイヤルカスタマーは商品やブランド、あるいは企業等への愛着が人一倍強く、ファン的な存在であるため、口コミやSNSなどで、自分のお気に入りを広めるという波及効果を兼ね備えているからです。PRや売上向上に自発的協力までしてもらえる、優良顧客の育成の大切さが理解していただけたでしょうか? リテンションマーケティングでは、MAやCRM、ABMツール等を利用することにより優良顧客との良好な関係が構築できます。
いったん離れた顧客を復帰させるのは至難の業ですが、獲得した顧客の離反を未然に察知する方法は存在します。それには、顧客離反率を測定する必要があります。1年間、半期、四半期など一定の期間に顧客でなくなった利用者の人数から分析することができます。計算式は次の通りです。
➤顧客離反率=失われた顧客数÷選択した期間の開始時の総顧客数
顧客離反率が高い場合や期間経過とともに高くなる傾向が見られる場合には、現在の商品・サービスと顧客の満足度との関係に、何らかの問題が生じていることを疑ってみるべきでしょう。
顧客離反の要因を把握することで、今後離反するリスクが生じる可能性がある顧客を特定し、事前の対策を講じることができます。このようなデータの集積は、顧客離脱の予測モデルの構築にもつながります。
一方、顧客の離脱ほど急務ではありませんが、休眠顧客という問題も存在します。B to Bの場合、かつて取引があったのに、現在は関係が薄くなった取引先があるものです。そういった取引先の中には、新型コロナ禍下に活動が制約された休眠顧客となっている取引先が含まれているかもしれません。休眠顧客をリテンションマーケティングに必要なWEBツールで把握・管理し、理解を深めることにより、休眠顧客の見極めが可能となります。これにより、ターゲットを絞り休眠顧客の掘り起こし、継続的な顧客へ呼び戻すことにつながるかもしれません。
リテンションマーケティングを用い優良顧客を増やすためには、「◆顧客離脱の流れを変える戦略とは?」で示した顧客維持率を向上させる必要があります。平たくいえば、リピーターやファンを増やすために把握すべき指標となりますが、リテンション率や定着率、継続率といわれることもあります。先述のTLVの向上とともに重要な指標となります。施策やタイミングを間違えると逆に顧客離れにつながるため注意が必要です。
通常の営業活動においても、顧客へのアプローチのタイミングや訪問回数には気を配りますが、マーケティングツールなど活用したWEBでの施策においても、これは変わりません。むしろ、よりシビアに反応する場合があり、顧客離れの原因となります。
消費者庁の『令和4年度消費者意識基本調査』によると、“費やした時間に対する成果を重視する” という設問に対し、「当てはまる(とても当てはまる+ある程度当てはまる)」と回答したのは全体の36.3%となりますが、10歳台後半では60.3%、20歳代では60.8%、30歳代では53.0%が「当てはまる」と答えています。若い年齢層ほど、タイムパフォーマンスを重視していることを示しており、時間を取られたうえに、結果が伴わない場合にはシビアに反応することが予測されます。失望されないアプローチが肝要となります。
メルマガやDMなどのアプローチ施策を行う場合、配信頻度と開封率の関係には気を配る必要があります。それだけではなく、手法にも気を配る必要があります。
『令和4年度消費者意識基本調査』の中に、“インターネットでの予約や購入で、①「目にしたり経験したもの」、②「①のうち、実際に予約や購入等につながったり、困ったりしたもの」”という設問があります。この中に、“メールマガジンやセール情報の初期設定が「購読」や「通知」になっていた”という項目がありますが、②の回答に着目すると、最も目にしたり経験をした30歳代の29.2%、次いで目にしたり経験をした40歳台の22.8%が「予約や購入、会員登録等につながったものの、困ったりもしたもの」と回答しています。
顧客のニーズや嗜好とマッチしない広告配信型や、購入を促す望まぬポップアップ広告など、One to Oneではない一斉アプローチ施策は好ましくありません。
前出の『令和4年度消費者意識基本調査』内のインターネットでの予約や購入に関する設問には、“割引等の特典の有効期限をカウントダウンで表示するタイマー”という項目があります。これを最も多く目にしたり経験したのは30歳台で73.4%ですが、その中で「予約や購入、会員登録等につながったものの、困ったりもしたもの」と回答したのは、13.5%に留まっています。予約・購入までリーチが効率的とはいえないでしょう。
属性や、購入した商品・利用したサービス等をしっかり把握し、顧客のニーズに即した広告配信を行うなど、適切なパーソナライズは優良顧客へのアプローチのためには欠かせなくなっています。
SNSを使い自社公式アカウントで運用する際には、情報漏洩はいうに及ばず、言葉遣いやマナーにも気を配る必要があります。
“インターネットでの予約や購入で「便利だと感じるもの」又は「不利益が生じるおそれがあると感じるもの」”という設問の結果が、前出の『令和4年度消費者意識基本調査』には掲載されています。その中の「SNS上のつながりや関心を基に表示される広告」という項目に対し、「不利益が生じるおそれがあると感じるもの」と回答したのは、40歳代が最も多く64.2%、次いで50歳台が62.4%、30歳台が58.4%となっています。「便利だと感じるもの」と回答した数が多い10歳台後半(42.6%)を除き、SNS上の広告には否定的な印象が、20歳代以上のすべての年代で上回っています。自社公式アカウントで運用する場合には、上記の反応からも自社のイメージに十分な配慮をすることが欠かせないでしょう。